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北港の「顔思齊先生が台湾へ開拓しに来る上陸記念碑」
2008-03-24 15:14:00
2008-03-24 15:16:00
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葉南顯
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  北港の代表的な標識について、300年以上の歴史を持つ北港の朝天宮の以外に、もう一つは市内の円環です、円環のセンターに一本の「顔思齊先生が台湾へ開拓しに来る上陸記念碑」を書いた記念石碑が立っています、この二つの建築物は両方とも北港の悠久の開発歴史を説明しました。

  昔の北港は「笨港」と称して、台湾の開発歴史の中に、きわめて重要な地位を占しています、台湾府志はかつて「台灣有中國民,自思齊始。」と言及して、その中の思齊は顔思齊様を指すことです、顔思齊様が上陸した時に、台湾はまだ開発していない地区に属して、統治政権もなくて、ただ日本とオランダの貿易商船の停泊する場所でした。

  明朝の天啟元年(1621年)に、日本で商業を営む顔思齊様と義兄弟の鄭芝竜と武装蜂起を画策して、華僑を抑圧する日本の幕府に抵抗するつもりでしたが、結局計画が露見されて、船に乗って笨港まで逃げて来て、そして駐屯して、開墾していました、民国48年(1959年)に、北港の円環で笨港の開発歴史の記録として「顔思齊先生が台湾へ開拓しに来る上陸記念碑」を設立しました。

  顔思齊様は皆を率いて北港渓から上陸した後で、十ヶ所の寨(駐屯する場所)を設立して開墾し始めて、その中の主寨、左寨、右寨、海防寨、糧秣寨は今の水林地区に設けて;哨船寨、撫番寨、北寨は今の北港に設けていました;その他に前寨がすでに渓流に流されられて、後寨は誰も住んでいない場所になりました。

  台湾の開発史によって、顔思齊様は海澄県の人で、一番早く皆を率いて台湾海峡を渡って台湾に上陸した人です、後で漳泉の移住者を招き寄せて、台湾を大規模な開墾をして、そのために後代の人は「開台王」、或いは「台湾一の開拓前衛」と尊称します。
【文章/写真 大台湾旅行ネットTTNewsの記者 黃柏庸】

上記の内容は下記の中国文の文章を翻訳したものです、もしもその中で何が間違いがありました場合は中国文の解釈を基準と致します。

  在北港的地標性建築,除了300年歷史的北港朝天宮之外,另一項就是鎮內的中心圓環,在圓環中央立了一個寫著「顏思齊先生開拓台灣登陸紀念碑」的紀念石碑,這兩樣建築都說明了北港開發的悠久歷史。

  北港舊稱「笨港」,在台灣的開發史上,佔有極為重要的地位,台灣府志曾提到「台灣有中國民,自思齊始。」當中說的思齊,就是指顏思齊,在顏思齊登台時期,台灣屬於未開發之地,沒有任何政權統治,為日本的倭寇、荷蘭商船,貿易停泊休憩之處。

  明朝天啟元年(1621),在日本經商的顏思齊,與結拜兄弟鄭芝龍密謀起義,抵抗欺壓華僑的日本幕府,後來因事機敗露,駕船逃逸至笨港,並紮營設寨、開墾屯田,後來於民國四十八年,在北港圓環設立「顏思齊開拓台灣紀念碑」,作為記載開發笨港之歷史見證。

  顏思齊率眾在北港溪登陸之後,設立十寨屯墾開發,當中主寨、左寨、右寨、海防寨、糧草寨設於今水林一帶;哨船寨、撫番寨、北寨則於今北港一帶;另外前寨位置已被溪流沖毀、後寨位置現今則已無人居住。

  顏思齊宇振泉,海澄縣人,在台灣開發史上,顏思齊是最早率眾縱橫台灣海峽,招徠漳泉移民,對台灣進行組織性的大規模拓墾,因此後人以「開台王」、「第一位開拓台灣的先鋒」尊稱。
黃柏庸

2008-03-24 15:14:00
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